特別講義要旨

授業内特別講演会「古代ギリシャの美術と文化」

東洋大学 文化社会学部 / ヨーロッパ・アメリカ学科教授 中村るい

 本講演では、ヨーロッパ文化の源流である古代ギリシャの美術を、青銅器時代からヘレニズム時代まで概観し、視覚文化の変遷とその背景を考察した。大きな流れを提示することによって、各時代の独自性を浮き上がらせ、新たな時代に創造された視覚表現について考察を試みた。
 ギリシャ美術を考察するにあたり、最初に15世紀イタリア・ルネッサンスの絵画《ヴィーナスの誕生》(ボッティチェリ作)にみられる古代彫像の影響、および、20世紀初頭のピカソ作品《アヴィニヨンの娘たち》とアルカイック期の彫刻の関連を検討した。近現代のヨーロッパ美術への、ギリシャの美術の影響は、通常考えられている以上に広範囲に認められる点を確認した。
 青銅器時代のギリシャは、エーゲ海のキュクラデス諸島、クレタ島およびギリシャ本土の3つの中心があり、とくに青銅器時代後期にはクレタ島やギリシャ本土(ミュケーナイ他)で宮殿文化が開花した。宮殿等を飾ったフレスコ壁画には、エジプト美術の影響がみられるものの、即興性を重んじる、エーゲ美術独自の自由闊達な表現が認められる。1960年代後半から始まった、テラ島の発掘では保存の良好な壁画が多数出土した。後期青銅器時代の文化の水準を伝えるものである。
 その後、アルカイック期に入ると、エジプトから石造彫刻の技術を学び、等身大を超える大型彫像が盛んに制作されるようになる。アルカイック期の男性像は「クーロス像」と呼ばれる。クーロス像の制作は約150年間続き、紀元前480年頃のクラシック期の初期に、後に「コントラポスト」と呼ばれるようになる新しいポーズが登場した。ヨーロッパ彫刻史において、新たな一歩を踏み出した表現である。
 クラシック期は、彫刻分野だけでなく、建築分野では、オリュンピアのゼウス神殿(前472年~前456年)、アテネのパルテノン神殿(前447~前432年)等、主要な神殿が建立された。それぞれ、主神ゼウスへ奉納された祝祭競技や、女神アテナへの祝祭行事と深く関わる建造物である。ヘレニズム時代になると、クラシック期の静謐な造形様式から、喜怒哀楽をストレートに表現する様式へと移行する。ギリシャ社会が変貌し、美術表現も変化していく。
 古代ギリシャの美術を考察することは、西洋文化が脈々と受け継いできた、いわば「形の記憶」を辿ることでもある。「ヨーロッパ的」な視覚文化とは何か、どのようにして生まれ、展開したのか、ヨーロッパ文化を考える上で鍵となる視点の一つと云えるだろう。