特別講義要旨

「中国における翻訳絵本の受容――児童教育との関連を中心に」

横浜国立大学博士 劉娟

 本講義では「中国における翻訳絵本の受容――児童教育との関連を中心に」について、2000年以降中国において受容が急速に進んだ翻訳絵本に注目し、日本語原書の翻訳絵本を対象に、その受容の経緯や浸透の実態を児童教育との関連を中心に説明した。
 「絵本」というジャンルは、文学性が重要視されている中国の児童文学及び児童教育において、2000年前後までほとんど注目されてこなかった。一方、外国絵本の翻訳出版は1990年代末から徐々に進み、2000年代後半から一大ムーブメントとなった。これが契機となり、絵本研究が始まったほか、読み聞かせ等の社会的な活動も広がり、中国のオリジナル絵本も急速に発展した。このように、2000年代後半から翻訳絵本は急成長を遂げ、広く受容されていくと同時に、翻訳絵本を教材としてとらえる傾向が顕著になった。こうしたことを背景に、特に幼児教育及び小学校低学年の国語教育研究において、絵本を教材として用いた授業実践や教材開発が盛んに展開された。これは中国における翻訳絵本の受容上最も顕著な特徴となった。
 本講義では、まず絵本の歴史と発展を中国と日本で比較しながら説明した。続いて、絵本に対する認識の浅かった中国が、2000年以降の翻訳絵本の受容において台湾と日本から大きな影響を受けたことについて、理論、出版、絵本館という三つの方面から紹介した。具体的には、①絵本理論について、福音館書店元会長、月刊絵本「こどものとも」の創刊者である松居直の絵本観の受容によって、ソ連から受容した絵本の創作手法に対する再考の契機となり、中国における絵本は近代的絵本というジャンルに統合できた流れを説明した。②出版について、中国の絵本市場の特徴、翻訳絵本の市場規模及び翻訳絵本の社会・家庭への浸透の背景を、様々な統計を通して示した。③絵本館について、元々絵本普及のための拠点として2005年に日本の出版社であるポプラ社の中国法人蒲蒲蘭(ププラン)によって設立された絵本専門書店「蒲蒲蘭絵本館」に触発され、中国各地で営利形態の絵本館(販売・会員制貸出)が開業した社会現象を話した。中国全土に約2800店(2015年7月現在)に急増した理由は、館数が少ない公共図書館の機能の一翼を担うことになったためであることを明らかにした。最後に、絵本を教材として使用するという、中国における翻訳絵本の受容上最も顕著な特徴について、学習者の資質の向上を図る「素質教育」を推進する1990年代以降の教育改革との関連を中心に、教育現場の動向から紹介した。翻訳絵本が急速に受容された大きな理由は、それを教材として取り上げる側が、「素質教育」の要素の一つ「想像力の養成」に貢献できるという「教育的価値」を絵本に見出したためだと結論付けた。
 質疑応答の時間に、学生たちから、「中国では売れている日本の絵本はどのようなものか」、「日本で今人気の大人の絵本の発展の可能性は中国でもあるのか」、「中国において絵本の教育的価値が強調されているが、絵本を受け入れているなかで、教育的価値以外の外国の絵本文化をどう捉えているか」等多くの興味深い質問をいただいた。中国における絵本を通じた日本文化の受容に関して非常に興味を持っていることに感心した。本講義を通して、「東アジアにおける日本文化の受容と再生産」という授業において、日本文化が諸外国に受け入れられるとき、その国の歴史と文化によって受けとめ方も違うという主旨への理解の一助となることを願う。