岩谷ゼミ

ルートヴィヒ2世の憧憬
――ノイシュヴァンシュタイン城におけるワーグナーと中世騎士道――

太田充紀

 ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)は、バイエルン王ルートヴィヒ2世(Ludwig II.,1845年8月25日~1886年6月13日)によって1869年に着工された城である。完成は王の没後となる1892年だった。室内装飾には、ルートヴィヒ2世が傾倒していた中世騎士道やオペラの世界が描かれている。ノイシュヴァンシュタイン城の構造は、他の城と比べても特殊なものである。なぜなら一般的な城の用途は政治の場であるが、ノイシュヴァンシュタイン城は政治の場として使われたことはなく、その目的は別のところにあったからである。そこで本稿は、ルートヴィヒ2世の憧憬を踏まえつつ、王がこだわった造形の配置や装飾の分析を通じて、ノイシュヴァンシュタイン城が他の城にはない特徴を持つ構造になった事由について論じた。
 第一章では、ノイシュヴァンシュタイン城の構造と内装の概要を確認した。そのうえでルートヴィヒ2世が築城するにあたり、どのような憧憬の念を抱いていたのかに着目し、これを問題として提起した。
 第二章ではルートヴィヒ2世が傾倒していた作曲家ワーグナーが、ノイシュヴァンシュタイン城の装飾に影響を与えた可能性を検討した。ルートヴィヒ2世がワーグナーのパトロンであったことから、先行研究はノイシュヴァンシュタイン城を「ワーグナーに捧げられた城」と位置付けた。しかし社会情勢やルートヴィヒ2世とワーグナーの関係が徐々に悪化した点を踏まえ考察したところ、城の内装はワーグナーとの友好を示す装飾ではなく、ルートヴィヒ2世の空想世界の実現だという結論に至った。
 第三章では、ルートヴィヒ2世が造ったリンダーホーフ城とヘレンキームゼー城を、ノイシュヴァンシュタイン城と比較し、建設に際してのルートヴィヒ2世の理想を考察した。その結果、理想が時とともに変化していたことが判明した。当初、城の装飾の背景には、ルートヴィヒ2世のヴェルサイユ宮殿への憧れがあった。その憧れはやがて、ヴェルサイユ宮殿だけでなくフランス王ルイ14世へも向けられるようになった。ノイシュヴァンシュタイン城の施工後期になると、ルートヴィヒ2世が王のもつ権力に執着するようになったことが、玉座の間の装飾や祭壇の間の聖王ルイへの憧れを表現した装飾などの分析から判明した。
 以上の考察に基づき、ノイシュヴァンシュタイン城の独自の構造は、ルートヴィヒ2世が自身の理想の世界や立場を表現するために造られた演出だと結論付けられる。ノイシュヴァンシュタイン城はもともと、中世騎士道の世界を構築するための城だった。やがてワーグナーのオペラを媒介として、空想世界を表現し、オペラの演出を思わせる装飾が増えていった。しかし社会情勢やワーグナーとの関係悪化により、憧れの矛先はヴェルサイユ宮殿や強い王権を示すルイ14世へと変化した。こうしてノイシュヴァンシュタイン城は最終的に、中世騎士道や強い王への憧れを表現した城の構造になったのである。