卒業論文中間発表概要

「いれずみ実践の人類学的考察」

川上柚季

 本論文の目的は、いれずみがタブー視されている現在の日本社会で、いれずみを入れるという行為が当事者にとってどのような意味を持つのかを明らかにすることである。
 第1章ではいれずみをあらわすさまざまな用語について説明した。顔や体にあるいれずみを意味する「黥」「文身」は古代の日本で習俗として行われていたという記録が魏志倭人伝に残されている。1980年代になると、アメリカのバンドマンの影響を受け、身体に入っているいれずみは「タトゥー」と呼ばれるようになり、そのデザインを区別するために「洋彫り」「和彫り」という用語が登場した。
 第2章では、日本社会でのいれずみの位置づけについて明らかにした。我々の中にある「いれずみ=悪」のイメージは、1960年代のやくざ映画、チンピラ映画のブームをきっかけにつくられ、定着したと考えられている。このようなイメージと関連して頻繁に問題視されるのが温浴施設の利用についてである。前述のイメージは外国人観光客に対しても適用されることがあり、観光庁は、「いれずみがある場合は一定の制限がありえる」ことを観光客に情報提供している。これらのことから、国内でいれずみは社会的にタブー視されている現状にあると言えるだろう。
 現代でいれずみは否定的に捉えられているが、それでも人々はなぜいれずみを入れるのだろうか。第3章では先行研究をもとに、現在の日本国内でいれずみを入れるという行為が当事者にとってどのような意味を持つのかを明らかにした。あるコミュニティのメンバーは共通のモチーフを刻むことで仲間意識を高め互いに承認しあう一方で、「ふつうの社会」に戻ることができないという後ろめたさも抱えながらいれずみで自らを周縁化していると分析していた。こうした「後ろめたさ」をもたずにいれずみを実践するのがフェイクタトゥーであると考えられる。
 第1章でいれずみにはさまざまな呼び方があると紹介したが、多様な言葉があるということは、これまで様々ないれずみが行われてきたことを意味していると言えるだろう。今後は世界各地のいれずみ実践との比較を通して、現代日本のいれずみについて考察していきたい。