貫井ゼミ

戦争をなくすために成長させるべき「文化」とは何か。
-『ゲルニカ』から考える美術教育の意義 –

栗原明里

 人はなぜ戦争をするのか。私のこの素朴な疑問に対して一つの答えを示してくれた本が、アインシュタインとフロイトによる往復書簡『ひとはなぜ戦争をするのか』である。卒業論文ではパブロ・ピカソの『ゲルニカ』を起点とし、そのうえで当書を中心に扱いながら、私達が戦争をなくすために成長させるべき「文化」とは何かを検討した。
 第1章では卒論のテーマの起点となった『ゲルニカ』を概観した。この作品は、ピカソの祖国スペインにある小都市ゲルニカがドイツ空軍から無差別爆撃を受けたことによって誕生した壁画である。『ゲルニカ』は各地を巡回する中で、老若男女問わず多くの人々に強いインパクトを与え、戦争とは何かを観衆の心理に訴えかけた。その結果、作品は芸術作品としての価値と政治的意義を併せ持った反戦・平和のシンボルになった。こうした背景から、戦争を経験していない若者達が戦争について考える際に、被爆者による生々しい戦争体験の記録や映像を辿ることの他に、美術から戦争と向き合う方法もあることが明らかになった。
 第2章では、アインシュタインとフロイトによる往復書簡『ひとはなぜ戦争をするのか』を中心に、『ゲルニカ』から引き出された「戦争」について述べた。この書簡は1932年といった第二次世界大戦が迫る中でやり取りされたものである。アインシュタインは国際連盟からの依頼を受けて、フロイトに「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」という疑問を投げかけた。この疑問に対し、フロイトが最終的にだした答えは「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる!」というものだった。それを踏まえて、若者の結婚観の変化やサブカルチャーの発展がもたらした他国民同士の関係性の変化を例に挙げながら、文化が人々の生活や心理面に及ぼす影響について分析した。その結果、フロイトの考えが必ずしも夢想的な希望ではないことが分かった。そのうえで、フロイトの考えに則して、私達が成長させていくべき「文化」とは何かを第3章で検討した。
 第3章では、戦争と教育は対峙する関係にあるという視点から、私達が成長させていくべき「文化」とは何かを考察し、最初に教育を取り上げた。特に第1章の内容を踏まえて、義務教育課の美術教育に着目した。小・中学校の美術教育の現状を見るに、日本人が美術教育を実学的ではないことを理由に手薄にしていることが浮き彫りになった。しかし、美術教育は実学的に考えても、個人が豊かな生活を送るうえでも、さらには戦争問題に向き合う時でさえも大いに役立つと私は考えている。
 結論として、戦争をなくすために成長させるべき「文化」の一つに、美術教育を挙げる。『ゲルニカ』が小さな町で起こった悲劇を多くの観衆に伝えたように、美術作品は時代を映す鏡でもある。日本では戦争経験者の減少と、子供達にどこまでショッキングな資料を見せるかが問題になっていることから、反戦の継承方法が課題になっている。抽象的で難解でありながらも観衆に戦争の恐ろしさを伝えた『ゲルニカ』。このような美術作品が反戦を継承する資料として充実すれば、子供達にも反戦教育を施しやすくなるのではないか。私達が美術教育の在り方を見直すことで、より身近な立場から反戦意識を育むことができると結論づけた。