第一章の(1)では、投票権の歴史を概観しながら、近年の大統領選挙における選挙人制度の問題点について考察する。アメリカの一般投票権は1820年代後半の白人男子普通選挙から普及し、1965年投票権法までに、かつて奴隷とされていた黒人を含むすべてのアメリカ市民に与えられた。この投票権拡大の歴史と並行して選挙人制度を取り上げ、なぜこの制度を導入したのか、この制度の争点はなにかを調査していく。(2)では2002年以降、各州で拡大した有権者ID法の導入経緯と、それによって引き起こされる有権者への影響を考察する。有権者ID法の中でも特に制限的なインディアナ州の有権者ID法は裁判で争われ、最高裁にて6対3で合憲と結論づけられた。貧困層や運転免許のない人々などのマイノリティを投票から阻害する効果を持つ有権者ID法は現在でも多くの州で導入されている。(3)では、特定の政党や人種を有利にするために選挙区割りをするゲリマンダリングと呼ばれる行為を取り上げ、1993年以降長年争われたノースカロライナ州でのゲリマンダリングを中心にみていく。導入当初はマイノリティの投票力向上のための制度であったにもかかわらず、特定のマイノリティの投票力を下げるためや、自党の利益のために利用されるようになった。目的が変化してしまった原因を党派的な対立と関連付けて考察する。
第二章の(1)では、アメリカ社会の分極化が加速した1980年代以降の歴代大統領を概観し、分裂過程を考察していく。ロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュの登場で、保守派勢力は勢いを増すようになり、大きな政府を是認し、公民権運動を推し進めるリベラル派と対立した。黒人のルーツを持つバラク・オバマ大統領の誕生で、再びアメリカを一つにする希望が見えつつあったが、オバマの失脚やドナルド・トランプの台頭で分断はさらに深いものへと悪化していった。(2)では、アメリカ大統領選挙において近年、当たり前に利用されているソーシャルメディアでの弊害とそれによって生まれる社会現象についてみていく。トランプが当選した2016年大統領選挙では、ソーシャルメディアでのフェイクニュースが流布し、有権者の混乱と分断を招いた。また、生成AIによるディープフェイク画像がインターネット上に出回るなど、本当の情報を見抜くことが困難になりつつある。(3)では、これまでの分析を踏まえ、2024年の大統領選挙結果の分析を行う。今回の大統領選挙の結果は共和党のトランプの勝利となり、2016年振りに大統領に返り咲くこととなった。カマラ・ハリスとの接戦と予想されていたにも関わらず、このような結果となったのは、有権者ID法やゲリマンダリングを行っている州での共和党の勝利が勝因の一つと考えうる。今回の選挙では大統領に加え、上院下院の双方で共和党が優位な結果となり、投票制限に積極的な共和党の力が増すことで、アメリカ分断社会はいっそう深まる可能性がある。