私たち日本人にとって箸はただの食具なのだろうか。本論文では日本における箸の持ち方・使い方を含めた食事作法を中心に、私たちの箸に対する考え方について考察した。
第1章では、箸の歴史についてまとめた。私たちの食生活にとって欠かせない箸は、日本ではなく、中国で生まれたものである。中国においては、すでに新石器時代に動物の骨で出来た箸の原型が出土し、漢代になると箸が民間人にまで広まっていた。日本には飛鳥時代に伝来し、奈良時代には民間人にも箸が広まったとされる。中国で生まれた箸だが、日本と中国では箸の長さや材質など、いくつか異なる点がある。この違いを比較することで、同じく箸食をしていても、その国の食べものや考え方によって違いが生じることがわかった。
第2章では、第1章でまとめた箸の歴史を踏まえて、本題となる箸の持ち方・使い方を含めた食事作法についてまとめた。前近代における史料から食事作法についての記載を見つけることができたが、様々な文献を読んでも箸の「正しい」持ち方についての記載を見つけることができなかった。そのため、箸の「正しい」持ち方は近代以降につくられたものではないかと考察した。
農林水産省は2015年に第3次食育推進計画を発表し、箸使いを含めた食事作法を継承することの重要性を説いている。逆説的にいえば、それは「正しい」箸の持ち方が実践できていない人が多いからである。しかし「正しい」箸の持ち方の根拠が見出せないにも関わらず、「正しい」箸の持ち方を継承していくことの意味は再考してもよいと考える。
一方で、昨今のSNSでは、箸を「正しく」持つことができない人が批判され、また親の教育を問題視するコメントが散見する。箸の使い方をはじめとする食事作法は、同じ文化を共有する我々を一つにまとめる働きがあると同時に、そこからはみ出る者を排除する機能もあわせもつことが見てとれる。