城殿ゼミ

スタンリー・キューブリックの視覚芸術
―絵画的視点から見る映像の美学―

五十嵐まつり

 本論文は、映画監督でありプロデューサーでもあったスタンリー・キューブリックの作品における芸術性に着目しながら、彼独自の映像表現がいかに生み出されていったかについて論じたものである。キューブリックの撮った『2001年宇宙の旅』はそれまでのSF映画を塗り替え、『博士の異常な愛情』や『時計じかけのオレンジ』はブラックユーモアと過激さで社会問題を引き起こし、『フルメタル・ジャケット』はそれまでのベトナム戦争映画と異なる様相を呈すなど、常に伝統的主題を実験的に、斬新なアプローチで再構成し続けた。そしてキューブリック自身も多くの謎に包まれた映画監督として、また形容し難い鬼才の監督として批評と奇異の目に晒され続けた人生だった。
 彼は独特な絵画的構図、新たな撮影技法などを取り入れることで、作品にどのような美学やメッセージをもたらそうとしたのだろうか。カメラや当時最新の技術をいかに用いて複雑な撮影に挑んだかについて研究された例はあるが、彼の芸術性が他の監督や絵画からの影響を受けているのかについて詳しく研究された例はない。その理由には彼のインタビュー嫌い、カメラマンから出発した珍しいキャリアなどの捉え難さが要因としてあるだろう。
 そこで本研究では、キューブリックの作品を絵画や過去の芸術的表現を模索した監督たちと比較した際、絵画的構図や芸術性の高い視覚要素が映画全体の意味を生み出すのにどう寄与しているかを明らかにすることを試みた。これらを明らかにする為にまずは映画芸術の歴史を振り返り、続いて映画と絵画の密接な関係性についても調査したあと、最後にキューブリックが特別な関心を抱いていた18世紀について取り上げ、視覚的な部分のみならず常にジャンルを変えながらも根幹に根差していたテーマについて読み解いた。その結果、宗教的要素が映画にも絵画にも共通して内包されており、この要素が観客への「感動」を引き起こすうえで強く作用していることが発見された。
 キューブリックが追求した芸術性とは彼が絶えず挑戦し続けた「映画における体験と感動」の重要な要素であり、彼がそれ以前の多くの芸術作品に影響を受けながらもそれらを踏襲した独自の手法と要素を含む作品を作ったことが判明した。それまでの映画に対する尊敬と反省を常に持っていたからこそ、オリジナリティと伝統的手法の均衡が取れた作品を撮り続けることができたと考えられるであろう。