ジョンソンゼミ

『赤毛のアン』から見るカナダ社会の差別
~移民・女性・異質性への偏見を通して読み解く~

大橋美咲

 本論文ではカナダにおける差別の歴史について移民・女性・異質性の観点から、『赤毛のアン』を通して考察する。
 まず『赤毛のアン』の舞台となった1890年代のカナダ社会における上記の3つの項目別に、歴史を取り上げる。先住民・移民・女性は当時の社会において低い地位に置かれ、差別されていた。自分たちの権利を手に入れようとする動きも高まっていた。
 次に『赤毛のアン』の本文中に描かれる差別の描写について取り上げた。主人公アンが経験したことから、その他の登場人物が直面したこと、直接的な表現はないものの社会の圧力から偏見にさらされている場面まで、幅広く文章中に点在していた。
 それを踏まえて著者モンゴメリのバックグラウンドを取り上げながら、アンとモンゴメリの共通点を検討する。モンゴメリとアンには多くの共通点があり、モンゴメリを投影した人物像であることが分かった。モンゴメリは女性が性別に基づく差別を受けることなく、自由に生きられる社会を理想として作品を執筆した。そんな女性差別に関心が深かった一方で、彼女自身が英語系カナダ人であったため人種差別に対する感受性は鈍かったことも読み取れた。作品にはフランス系カナダ人に対する蔑視が垣間見え、当時のカナダ社会の人種ヒエラルキーを反映している。また『赤毛のアン』の魅力や、人気が故に起こってしまった論争についても言及する。
 そして現代カナダ社会における差別の現状も取り上げ比較する。現在カナダ政府は5年ごとに実施するカナダ社会調査(General Social Survey, GSS)を実施している。この調査は国民の幸福向上を目指した政策や社会生活研究の基盤として重要な役割を果たしており、介護、家族、時間の使い方、社会的アイデンティティ、ボランティア活動、被害者問題といった多様なテーマが扱われ、それぞれのテーマについて定期的な詳細分析が行われている。  2021年から2024年に実施された調査では、15歳以上の人種差別を受けた人の半数以上が直近5年間に差別を経験していることが分かっており、この割合は非人種差別を受けた人の約2倍であり、特にカナダ生まれの黒人が移民黒人よりも高い割合で差別を報告している。こうした現代カナダ社会の差別の実態は、19世紀末のカナダを描いた『赤毛のアン』やその著者L.M.モンゴメリの背景と比較することで、問題の変遷を明確に浮かび上がらせている。
 時代が進むにつれ、黒人やアジア人を含む多様な人種、さらには女性や2SLGBTQI+といったマイノリティへの差別が顕在化し、現代ではこれらが依然として解決すべき重要な課題として残っている。特に黒人差別はアメリカでの警察による黒人射殺事件をきっかけに国際的に注目されるようになり、さらに2020年以降の新型コロナウイルス拡大に伴うアジア系へのヘイト問題も深刻化した。これらの事例は、カナダ社会だけでなく世界全体で差別が広がる現状を浮き彫りにしている。