上野ゼミ

ヨーロッパ教会音楽の歴史―ウィリアム・バード作品の歌詞と旋律―

飯草咲来

 本論文では、ヨーロッパの教会音楽に着目し、その歴史を見るとともに、音楽のあり方やその当時を生きた人々が音楽に対して抱いた考えがどのように変化したのかについて述べる。また、音楽のあり方が揺れ動いた時期である16世紀イングランドを取り上げ、その時代に作曲家として音楽に携わった人物として、ウィリアム・バードに着目する。バードがどのような人生を送ったのか述べた上で、どのような曲を作ったのか、実際に2作品の楽譜をみて考察する。
 第1章では、ヨーロッパ音楽史の時代区分や時代ごとの音楽の特徴、また、中世において教育科目の1つとして捉えられた音楽について述べる。音楽は数学的な分野として扱われ、現在イメージするような芸術の分野ではなかった。しかし音楽技術の取得や記譜法の発展において、音楽が教育科目の1つであったことが音楽の発展へと影響を与えていると筆者は考える。また、元々単旋律であったグレゴリオ聖歌に新しく歌詞や旋律が加筆されるようになった。それは、歌詞や旋律をそのまま継承するよりも新しい旋律や歌詞を足すことでより良い歌へと進化させようとする人々の思想が関係している。一方で、歌詞などが追加され複雑化された音楽は、人に聞かせるためではなく、歌うことを目的としていたとも考えられている。
 第2章では、革命期イングランドに着目し、16世紀から17世紀にかけて教会音楽がどのように変化したのかについてみていく。国王の代替わりによってカトリックとプロテスタントが入れ替わり、それに合わせるように教会での音楽のあり方も変化した。オルガンや聖歌隊を用い、多旋律で豪華に演奏されるカトリック的な音楽と、会衆がみんなで歌うことができる詩篇歌を導入し言葉を明確に伝えることを重視したプロテスタント的な音楽が、対立するものとして存在していたことが明らかになった。
 第3章では、教会音楽のあり方が揺れ動いたイングランドの宗教革命期に音楽を作った、バードの生涯とその作品について取り上げる。彼は生涯カトリック信仰を維持しながらエリザベス1世から楽譜出版を認められた存在でもあった。本論文で実際に楽譜を見て考察した2作品は、プロテスタントが多数派となった世間に受け入れてもらえる楽譜にすることを意識しながら、各パートで異なる旋律を重ね、カトリック的な音楽になっているといえる。また、歌詞の言葉に合わせて大事な言葉が強調されるように音程の動きをつけ、1つの言葉に長く時間を持たせるなどといった工夫をして作曲したことが読み取れた。そのことから、取り上げたバードの作品は歌詞を重視しながらもポリフォニー音楽であるという点でどちらの良さも取り入れて両立した作品であると考えた。