佐藤実ゼミ

秦の始皇帝の評価について

八巻桜子

 本論文では、中国史上最初の皇帝である秦の始皇帝・趙政について論述する。始皇帝は、彼が実施した政策や事業から暴君というイメージを持たれることが少なくない。しかし、具体的にはどのような評価がなされているのか、中国の歴史的文献や日本人の著書からくみ取ることができる、彼が行った政策や彼の人間性に対する評価について検討する。
 第 1 章では、趙政の出生に関する逸話、趙政の治世に起きた出来事、趙政が行った事業など客観的事実を述べる。趙政は趙国で誕生し、実父である荘襄王が太子となった際に秦に帰還した。趙政が即位したのは紀元前 259 年、わずか 13 歳の時であった。趙政は戴冠するまで、丞相呂不韋の補佐を受けており、戴冠前の政治的記録は残されていない。ここでは趙政が中華統一後におこなった政策や事業を主に見ていく。
 第2章では、歴史的文献から読み取ることができる始皇帝に対する評価として、司馬遷が著した『史記』と、劉向が編纂した『戦国策』を取り上げる。これらの文献は、秦王朝の次の王朝である漢王朝時代に成立した史書であり、漢王朝の正当性が高まるような描かれ方がなされている。前漢時代の武帝の治世には、統一国家の理念として儒学者の董仲舒の意見を採用し、他の諸子百家の説を退け、儒家のみを尊重し儒学を漢王朝の正式な国教とした。『史記』と『戦国策』にも儒教を重んじる表現がなされており、前王朝である秦や始皇帝を批判し、漢王朝を肯定した描かれ方がなされている。
 第3章では、日本人による始皇帝の評価として、桑原隲蔵が著した『秦始皇帝』と、原泰久の描く漫画『キングダム』を取り上げる。第2章の歴史的文献からみる始皇帝の評価として取り上げる、『史記』と『戦国策』との相違を考察する。『秦始皇帝』は 1913 年に発行され、『キングダム』は 2006 年より連載が始まった作品であり、中国の古典と比べ、始皇帝の政策や人間性を肯定的に評価した画期的な作品であると言える。
桑原氏は作中で、始皇帝の政策について擁護しており、人間性についても肯定している。原氏は主に始皇帝の人間性について描いており、史実に基づき、始皇帝を好意的に評価していることが読んでとれる。
 研究を通して、私が義務教育のなかで学んできた始皇帝の業績や人間性とは、異なる印象を受けた。始皇帝が行った政策は多少乱暴であるが、当時の政治には適切であったと評価する桑原氏に賛同する。始皇帝の政策は筋が通っており、後世の人びとのために尽力した王であると考える。