岩谷ゼミ

ラファエロの絵画における色彩効果

佐藤響稀

 ラファエロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio, 1483~1520年)は15世紀から16世紀にかけて活躍したイタリアの画家で、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに並ぶルネサンス三大巨匠の一人とされる。ラファエロの代表作品として、穏やかな雰囲気を纏う聖母や愛らしい幼児、天使の描写が知られている。先行研究において、ラファエロの絵画作品における人物像や構図、色彩構成の巧みさが指摘されてきた。しかし色彩構成について、どのような部分が巧みだと言えるのか、具体的な言及がされていなかった。そこで本稿は、ラファエロの絵画における色彩効果について論じた。その際、ラファエロが構図や色彩の影響を受けた人物との比較を元に、聖母子画の色彩と祭壇画の背景の配色に注目した。
 第一章では、まずイタリアの文化史やラファエロの師匠であるペルジーノについて確認した後、ラファエロの初期作品を元にペルジーノから受けた影響を分析した。その結果、ラファエロはペルジーノから構図や人物の組み合わせ方を吸収し、自身でより自然な人体構成や空間を描いたことが明らかとなった。
 第二章では、ラファエロの聖母子画の色彩に着目した。ラファエロと同時代の画家であるレオナルド・ダ・ヴィンチとフラ・バルトロメオをラファエロと比較することで、聖母子画における人物の色彩効果を考察した。構図や実際の風景を描いたことに加え、現実の人物に近い肌や服装の色合いで描いたことで、作品を観た人がまるで聖母を自分の母親と感じるような、親密感や安心感を作品に与える効果があると結論付けた。また筆者がこの効果が最大に発揮されていると考える《小椅子の聖母》についても、同様の色彩効果を見出した。
 第三章では、ラファエロの祭壇画の背景の配色に注目した。その際、ラファエロから構図の影響を受けたヴェネツィア派のティツィアーノの《聖母子と諸聖人と寄進者》と比較し、《フォリーニョの聖母》における背景の寒色の効果を検討した。このとき本作の最初の所蔵先であるサンタ・マリア・イン・アラチェーリ聖堂の歴史や、画派ごとの特色との関係性がある可能性を提示した。すなわち背景の寒色は、暖色の円盤を引き立たせ所蔵先の伝承を思い起こさせるとともに、円形を目立たせることにより視線が誘導され聖母子ら天上人と寄進者シジスモンドら地上の人々の繋がりを示唆する効果がある。
 以上の考察に基づき、ラファエロの絵画における色彩効果は、聖なる存在を身近な存在だと感じさせることや、設置場所の意向に寄りそう効果があると結論付けられた。ラファエロは初期、ペルジーノの工房で彼の人物表現や構図を模倣した。やがて、レオナルドやフラ・バルトロメオから人物構成や色彩を学び、現実の人間に近い聖母子の表現を身に着けた。さらにティツィアーノとの比較から、聖人と俗人の繋がりや所蔵先に合わせた祭壇画に仕上げた事が明らかになった。ラファエロの絵画には、画派の特徴でもあり、各図像に求められる色彩に加え、師から学んだ表現方法や依頼主の意向を汲んだ着彩がされているのである。