城殿ゼミ

アニエス・ヴァルダ作品におけるフェミニズム
―『5時から7時までのクレオ』から『冬の旅』まで―

大久保真那

 本研究は、アニエス・ヴァルダが監督を務めた4本の長編映画の詳細な作品分析を行ったものである。アニエス・ヴァルダに焦点を当てることによって、これまで膨大な量の研究がなされてきたヌーヴェル・ヴァーグを新たな側面から再考した。 ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家というと、思い出されるのは男性ばかりだ。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル。しかし、「MeToo運動」で映画界におけるハラスメントが問題視されるようになった現代に、ヌーヴェル・ヴァーグ唯一の女性映画作家アニエス・ヴァルダについて考える必要があるのではないか。 ヴァルダは女性を主人公に据えた映画を制作し、女性が直面する問題をリアルに、時にユーモラスに描いてきた。 先行研究を明確にした上で、これまでに指摘されることのなかった点を編集技法や物語構成、4作品の女性像の変遷など、複合的な観点で分析した。 日本国内におけるアニエス・ヴァルダ研究では、個別作品の詳細な作品分析が行われている。また、ヴァルダのインスタレーションや写真作品に着目した研究も行われている。その一方で、ヴァルダが制作した映画を複数本取り上げて比較するというアプローチは取られていない。ヴァルダは生涯に渡り18本の短編と25本の長編作品を制作したため、一度にそれら全てを取り上げることは困難だ。この研究では、ヴァルダの活動期間のうち、結婚、出産、子育て、アメリカへの移住といったヴァルダの人生において多様な変化が訪れながらも精力的に映画制作に勤しんだ1961年から1985年に限定し、4本の長編作品の詳細な分析、それらの比較検討という観点で研究を行った。 研究の結果、ヴァルダは実生活と当時の社会背景を映画の女性像に投影したのではないかという結論に至った。 ヴァルダ自身も社会生活を送る一人の女性として、日々諸問題に直面してきた。その時々でヴァルダが一人の女性として感じていることを映画監督という立場で表現してきた。さらに、写真家としてキャリアをスタートさせたことや晩年にビジュアルアーティストデビューしたことを鑑みると、ヴァルダにとって映画とは様々な表現手段の一つであるということがわかる。ヌーヴェル・ヴァーグにおける唯一の女性映画監督として、アニエス・ヴァルダは身近な問題に目を向けるミクロな視点と社会に目を向けるマクロな視点を融合させた、独自の「眼差し」を持って活動した女性である。