佐藤円ゼミ

アメリカ先住民女性をめぐる暴力とMMIW問題―保留地の現状を材料に―

栗飯原藍子

 本稿では、現代のアメリカ先住民女性を取り巻く暴力・誘拐・殺害の問題に焦点を当て、その実態を明らかにしようと考え、このような問題をつくり出している要因や、問題を解決していくために行われてきた取り組みについて検討を試みた。
 まず第一章では、先住民女性をめぐる暴力や失踪・殺害事件について全体的な問題を把握するために、National Intimate Partner and Sexual Violence Surveyの統計結果のうち、先住民女性が受ける性的暴行と身近なパートナーによる身体的暴行に注目し、それを非ヒスパニック系白人女性と比較しながら分析した。加えて2021年に公開されたUrban Indian Health Instituteの報告書やニュースメディアの記事を用い、先住民女性の失踪や殺害事件の発生率が高い割にその注目度が低いこと、そして行政機関の不十分な対応について検討を加えた。また先住民女性に対する暴行が制度化した歴史について論じたマーサ・ボノの論文を用い、先住民女性の社会的な地位の低下と政府などによる先住民問題の管轄権の複雑化について説明した。
 次に第二章では、先住民女性が失踪したり殺害されたりした実際の事件を、ニュースメディアの記事を用いて保留地と都市部に分けて取り上げ、第一章で論じた内容と結びつけながら分析した。
 さらに第三章では先住民女性が高い割合で暴力・誘拐・殺害の対象となっている状況で、彼女たち自身がどのような取り組みを行っているかについて論じるために、まず先住民フェミニズムの歴史について概観した。その上で現在展開されているMissing and Murdered Indigenous Women運動について紹介し、それらの社会的なムーブメントが政府機関に及ぼした影響について、2020年に可決された二つの法案とインディアン事務局による新ユニットの設立を取り上げて検討を加えた。
 以上の作業を通して、先住民女性は暴力・誘拐・殺害事件の被害者となる割合が高いのにもかかわらず、多くの事件は解決に向かわないことが明白になった。さらにそのような先住民女性に対する暴力の背景には、先住民の「文明化」でもたらされた家父長制により先住民女性の社会的影響力が弱体化したことが関係し、その過程でつくりあげられた政府などによる先住民問題の管轄権の複雑さが、特に保留地における暴力や失踪・殺人事件の解決を困難なものにしていることも明らかになった。そして歴史的につくられた先住民女性の劣悪な状況は、Savanna’s ActおよびNot Invisible Actの成立やインディアン事務局のMissing and Murdered Unit設立からもわかるように、先住民フェミニズムをはじめとする彼女たち自身の訴えかけによって徐々に変わりつつあることも確認することができた。しかしながら都市部における暴力や失踪・殺人事件の実態については具体的なデータが得られなかったため本稿で十分に扱うことができず、さらに先住民女性たちが特に事件のターゲットとされていることに関して、その背景に先住民女性に対する差別的な意図がある可能性を指摘しながらも、その答えを明確に提示することはできなかった。また2020年の法案やインディアン事務局の新ユニット設立が、暴力や失踪・殺人事件への対応にどのような効果を発揮しているのか確認できなかった。これらの点について考察することに関しては、筆者自身の今後の研究課題としたい。