久保ゼミ

湘南の誕生と境界線

上村朱音

 本論文では、明確な地域が定まっていない「湘南」が指す範囲やイメージなどを比較し、「湘南」を構成する地域の共通点と相違点を明らかにすることを目的とする。この作業をとおして、湘南の範囲がいかに拡張したのかに加え、「湘南」とはどこを指すのかについて検討する。「湘南」は、相模湾の海をはじめ風光明媚な地域ブランドを持つ地名であるが、湘南イメージがどのように形成されていったのか、歴史をさかのぼり、現在どのように地域が湘南として認識されているのかを考察する。「湘南」は公的機関の枠組みをはじめ、様々な場面で使用されているが明確な地域は設定されていない。よって神奈川県民の間では、「湘南論争」が盛り上がる。湘南論争とは、明確でない湘南の地域設定について自分の湘南の境界線を主張して争うことである。
 第1章では、明確な範囲を定めることが難しい「湘南」の定義と、どのような歴史的な経緯を経て、現在の「湘南」が誕生したのかについて論じる。複数の「湘南」の定義を挙げることで、おおまかな「湘南」の範囲を把握するとともに、「湘南」として認識されやすい地域を考察する。「湘南」の歴史については、明治期の海水浴場と別荘地の繁栄から戦後の太陽族映画による湘南イメージの形成を挙げる。
 第2章では、現在どのような地域が「湘南」として認識されているのかについて、湘南ナンバーの対象地域、鉄道路線や道路網等をもとに、人々の生活圏に沿った「湘南像」を検討する。そして、都市配列と市町の距離を把握することにより、いくつかの地域的なまとまりを論じ、人々の生活のなかで形成される「湘南」について考察する。
 第3章では、行政的な区分の「湘南」と人々が生活するなかで意識する「湘南」を比較し、「湘南」とはどこなのかについて考察する。「湘南」を考察するにあたり、多配列という分類方法に着目する。多配列分類とは、類似性でまとまりをつくる考え方である。ここでは多配列分類を構成する典型として、「海水浴場・別荘地」、「メディア」、「生活圏」、「公的機関」の4点に着目する。また「湘南」の境界線を考えるうえで、「横浜」との違いついても検討する。
 結論として、「湘南」とは、相模湾を中心に沿岸地帯とその周辺地域によって構成されながらも、生活圏などの地域的なまとまりによって異なる境界線が引かれる地域である。「湘南」は、公的機関の枠組みによる明確な1つの境界線を持つ地域ではない。行政的な区分の「湘南」や人々が生活するなかで意識する「湘南」は無数に存在するゆえ、現在も明確な1つの境界線では語ることのできない名称なのである。