上野ゼミ

「赤ずきん」を読みなおす―おばあさんに注目して―

矢口香澄

 本稿では、民話「赤ずきん」を取り上げ、この物語に登場するおばあさんに中世ヨーロッパの「姥捨て」の実態が描かれているかどうかを論じる。筆者が高校時代に使っていた世界史の資料集では、「赤ずきん」のおばあさんが少女とは別に暮らしているというところから、当時の老人が姥捨てされていたという状況を読み取ることができると述べられていた。それは本当だろうか、というのが本稿の出発点である。
 第1章においては、民話から現実社会を読み取ることができるのか、歴史家ロバート・ダーントンの議論に拠りつつ考察した。ダーントンによれば、民話の内容は、時代や語られる場所によって異なるが、複数のバリエーションの間にある共通点から、農民の生活や彼らが伝えたかったことをうかがい知ることができる。これを「赤ずきん」に当てはめると、「主人公の少女がおばあさんの家を訪れる」ということは、バリエーションが変わっても見られる特徴である。「赤ずきん」のおばあさんには、物語を語り継いできた農民の生活や考え方が反映されていると思われる。
 第2章では、「赤ずきん」に焦点をあて、この物語がどのような変遷を辿ってきたのかを追い、先行研究ではどのような解釈がされてきたのかについて論じた。「赤ずきん」は、ペローやグリム兄弟らによって書き換えられてきた。彼らが想定した読み手にとって不要であると考えられた要素は削除され、物語の結末の後に教訓が付け加えられたのである。
 第3章では、前近代ヨーロッパの老人がどのような扱いを受けたのかを調べた。中世において、老人は、年齢を重ねることで知識が増えるという観点から、尊敬されていたことが先行研究から分かる。一方で、中世アイルランドでは高齢の家族を世話している貧しい家族に給金が与えられる制度が存在したことが分かった。この制度は家族が高齢の家族を見捨てないように制定されたものであると考えられる。他の例からも、前近代のヨーロッパで老人が遺棄されることは実際にあったといえる。
 第3章までの議論を念頭に「赤ずきん」の物語を読みなおすと、おばあさんは周縁的な立場として描かれているが、おばあさんと赤ずきんは親密であり、おばあさんが単なる「姥捨て」の対象だったとは考えにくい。「赤ずきん」のおばあさんの描かれ方には、遺棄されることもあったが、尊敬の対象でもあったという、前近代ヨーロッパの老人観があらわれているのではないだろうか。