武田ゼミ

日本人はなぜ真珠を身につけるのかー生と死の間でー

法月李保

 本論文では、結婚式という晴れの場と、葬儀という別れの儀式で、同じ真珠を身につけるのはなぜかについて、古来から伝わる真珠の表象、マスコミおよび皇室の影響という3 つの視点から考察した。
 まず葬儀に真珠を身につけるのは、魔除けの効果と同時に死者の再生を願う意味が込められているためである。葬儀は死霊と相対する恐怖の行事であり、死者の安寧と転生を願うものであった。中国では死者の口中に玉(真珠)などを含ませたが、これは玉類のもつ呪力が 蘇生に連なったためと考えられ、この習俗が日本にも伝わった。また真珠は仏教とも密接な関わりがある。お釈迦様の骨の代用品として真珠が用いられた事例から、真珠の神秘性が確認 できる。一方真珠は宗教と関わりなく薬としても用いられ、辟邪・不老長寿の効果が信じられた。また真珠は涙を象徴するとも言われるがそれは真珠の成因に理由がある。真珠は生殖の象徴でもあり、生命との深いつながりから葬儀という行事に用いられたと考察できる。しか し真珠と葬儀の実際的な関係性は服装から始まった。戦前の日本の喪服は和装でアクセサリーはタブーであった。戦後の洋風化のなか、英国王室をお手本にした皇室の喪服姿が日本人女性の喪服姿のモデルとなった。そして今日私たちは真珠をつけて洋装喪服で葬儀に参列することが当たり前になった。
 次に結婚式に真珠を身につけるようになったのは第二次大戦後のことだったが、そこには女性誌による影響があった。女性誌は「いい奥さんになる」という謳い文句によって真珠を結婚と結びつけ流行の起点とした。また1970-1990 年代はブライダルビジネスが好調であり、真珠のネックレスを身につけて結婚式に行くというある種の習慣ができた。西洋の言い伝えによれば真珠には清潔・貞淑・生殖・健康・富などさまざまな意味がある。しかし今日私たち日本人にそれらの意味はあまり浸透していない。それはこれらの言い伝えの由来がヨーロッパであることも影響しているが、洋服のカジュアル化やフォーマルな場が減少したことも理由として挙げられる。また、真珠の値段は1990 年代と現代ではさして変わらず、消費税などの負担が大きくなった現代では真珠に手を出しにくくなったことも影響しただろう。
 最後に皇室女性の真珠の装いが現代日本の冠婚葬祭のマナーに多大な影響を及ぼしたことを指摘した。今日私たちが洋装に真珠を身につけるのは、明治以降洋装化を率先して行った皇室による影響が大きい。皇室は英国王室との繋がりが深く、19-20 世紀に両者は活発に両国を行き来し交流をはかった。その過程で皇室は英国王室からマナーやプロトコールの影響を受け、皇族女性は洋装に真珠のネックレ スを身につけるようになった。ここでは1990 年代の女性誌から美智子さま、紀子さま、雅子さまの記事を取り上げ、それが一般女性の間の真珠ブームに結びついたことを明らかに した。その結果1990 年代の真珠ブームによって日本女性の間で真珠を葬儀・結婚式に身につけると いうマナーが定着したと結論づけた。日頃冠婚葬祭などで何気なく身に着ける真珠ではあるが、私自身は女性たちが真珠に込められた神秘的な意味合いにも注意を払って身につけて欲しいと思いこの論文を書いた。