加藤ゼミ

チャールズ・ディケンズの小説の受容
  ―『クリスマス・キャロル』と『鐘の音』の場合

加藤美織

 本論文は、チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』と『鐘の音』の、主に後世における受容について明らかにしたものである。ディケンズは19世紀のイングランドで活躍した作家で、1843年に発表された『クリスマス・キャロル』は、彼の小説の中でも特に知名度の高い小説である。この小説は発売から2週間足らずで2万1千部を売り上げ、現在にいたるまで幾度も映画化、アニメ化、舞台化がされてきた。原作を読んだことがなくとも、何かしらの媒体でこの物語に触れたことのある人は数多くいるだろう。
 一方で、ディケンズの小説の中には、発表当時は人気を獲得しても現在はまったく人気のないものも存在する。たとえば、ディケンズは『クリスマス・キャロル』を発表した1843年から5年連続でクリスマスの本を発表しているが、2作目の『鐘の音』は、今となってはほとんど知られていない。『鐘の音』は発売からほとんど立ちどころに2万部を売り上げているが、映像化はおろか、現在は日本においても訳本の出版すらされていないのである。本論文では、『クリスマス・キャロル』と『鐘の音』それぞれの物語の特徴を比較することで、どのような要素が両小説の人気の命運を分けたのかを明らかにした。
 第1章では、ヴィクトリア朝の社会において、労働者の堕落や犯罪に直結する問題とされていた「無知」に着目し、物語の焦点の当たり方の違いを明らかにした。『クリスマス・キャロル』と『鐘の音』では、「無知」を「個人」の問題ととるか「社会」の問題ととるかという点において明確な違いがあり、それは両物語の焦点がそれぞれ「個人」と「社会」に当たっていることを示している。そこで、「個人」と「社会」という物語の焦点が、物語の受容にどう影響を及ぼしたのかを考察した。
 第2章では、「ファンタジー」と「リアリズム」という観点から、各々の物語における「夢」を比較した。『クリスマス・キャロル』も『鐘の音』も、ジャンルとしてはファンタジー小説に分類できるが、両者の夢が読者に与える印象は対照的である。前者が幻想的な印象を与えるのに対し、後者は現実的な印象を与えているのである。この違いを生み出した要素を探り出すことで、なぜ『クリスマス・キャロル』だけが広く愛されているのかを明らかにした。
 第3章では、昔話の基本的な構造と比較しながら、『クリスマス・キャロル』と『鐘の音』の構造を分析し、物語の構造と受容との関係を考察した。普遍的に愛される物語には基本的な構造があり、『クリスマス・キャロル』はそれに当てはまっているが、『鐘の音』はその構造を欠いている。各々の物語の構造的特徴と、その結末が持つ意味に言及しながら、物語の受容にどのような違いが生まれたのかを明らかにさせた。