井上ゼミ

母語教育の現状と課題-日本とドイツの比較から-

田村麻衣

 現在の日本には、288万人を超える在留外国人が居住しており総人口の2.2%を占めている。2019年4月の入管法改正を受け、移民の人口は今後ますます増加することが予想されている。「移民国家」となりつつある日本では、現在、公立高校に在籍する「日本語指導が必要な児童生徒」の数は5万人を超えている。
 そこで本稿では、日本語を母語としない外国人児童生徒に対する「母語教育」に焦点を当てることにした。これまでの日本では移民の子どもたちに対して日本語指導をはじめ、さまざまな取り組みが行われてきた。しかし、母語教育は現在もなお正規の授業とみなされておらず、地域のボランティア組織や母語教室が主体となって行っている。この現状から、本稿では母語教育が外国人児童生徒にとって「人権」と位置付けられるドイツと日本を比較し、今後の日本の母語教育の課題について考察した。
 第1章では、現在の日本の在留外国人と日本語指導が必要な児童の人口を提示したうえで、母語教育の必要性について論じた。第2章では、日本の母語教育について自治体の取り組みや実際に行われている母語教室を例に挙げ、日本の母語教育の課題を論じた。第3章では、ドイツの母語教育について、ドイツが母語教育を実施するまでの歴史や実際に行っている母語教育の内容について述べた。
 第1章から第3章を通して、日本の母語教育のレベルは認識程度に留まっており、母語保持を目的とするには十分な支援体制が行き届いていない状況であることが明らかとなった。また、教員不足から母語教室が開催される回数に上限があり、母語を保持するだけの時間が設けられていなかった。NPO法人が主催する教室では、毎週通うことができるというメリットがある反面、都市部に集中する傾向があり、散在地域の子どもたちは取り残されてしまうというデメリットがあった。一方で、ドイツでは、従来の移民の子どもたちが帰国した後の生活を考えた母語教育から子どもたちの母国の言語や文化を尊重する母語教育へと変化していた。また、移民の背景に関わらず誰でも母語教育を受けることができるため、子どもたちがドイツ語と母語という二言語を学習する中で、自国の文化と触れ合い、他の文化を尊重する教育がなされていた。さらに、州の委員会と地域、そしてドイツ全体での情報共有が定期的に行われているため、財団の援助や学校教員によるプロジェクトが実施できる環境が整っていた。
 今後の日本では、地域や学校がNPO法人やボランティアとの連携を通じ、教員1人に対する児童生徒の人数の削減、集住地域と散在地域との格差を埋めることが必要だと主張した。具体的には、通訳者派遣制度などに登録する人を教員に採用し、母語教材を誰でも理解しやすいよう作ることで教員の補助としての役割を担う人材を集める。加えて、地域格差の是正を目的に、文部科学省が提供する翻訳システムや遠隔教育、ICTを活用した支援体制を構築し、母語教育の充実化を図る必要があると主張した。