モーガン・ル・フェイの役割の変化

宮本佳奈

安藤聡ゼミ

 『アーサー王物語』は5世紀末~6世紀初頭のイギリスを舞台とした騎士道物語であり、世界的に有名な物語の一つである。原典となる作品は存在せず、現存する最古のアーサー王の存在が記載されている文献と言われている『ブリトン人史』(9世紀前半、ネンニウスまたは作者不詳)から始まり、現在も数多くの『アーサー王物語』をモチーフとした作品が生み出されている。その中で私は登場人物の一人であるモーガン・ル・フェイ(Morgan le Fay)に注目した。今日モーガン・ル・フェイはアーサー王の異父姉であり、アーサー王を陥れようとする邪悪な魔女という印象が強いが、初期の作品においてはアーサー王に癒しの力を施す聡明な妖精、とその性質は対照的であった。このように登場人物の役割や性質が時代と共に反転する物語は稀有なのではないかと感じ、モーガン・ル・フェイに注目するに至った。先行研究によるとモーガン・ル・フェイの役割が変わり始めたのは13世紀頃の『アーサー王物語』の流行地であったフランスでロマンス小説に変化した時点だと明らかにされている。しかしながら、変化した直接的な原因を述べた先行研究はない。
 そこで、本研究は『アーサー王物語』の中でのモーガン・ル・フェイの描かれ方の違いを比較することによって、彼女の役割が聡明な妖精から邪悪な魔女へと変わった理由、また変わることの無かったアヴァロンへ誘うという役割の理由を考察した。そしてモーガン・ル・フェイの役割が変わったのは、時代による女性への価値観の変化、あるいは魔術を使う者に対しての民衆の意識の変化が関係しているのではないかという仮説を検証した。
 検証の結果、モーガン・ル・フェイの役割が変わった理由として、魔術を使う者に対しての民衆の意識の変化が彼女の役割が変わった直接的なきっかけではないが、『アーサー王物語』が真の飛躍を見せた『アーサー王の死』において、『散文ラーンスロット』によって印象付けられた「邪悪な魔女」としてのモーガン・ル・フェイが描き続けられる一因ではあったと私は結論付けた。一方、変わることのなかったモーガン・ル・フェイがアーサー王をアヴァロンへ誘う役割については、モーガン・ル・フェイのアーサー王に対する憎しみは愛情の裏返しであったという仮説を立てた。そしてアーサー王が生まれた時から既に憎まざるを得ない定めであったモーガン・ル・フェイは、己の想いを胸に、その運命に抗うべく、「死」という救済にひたむきに歩みを進めた純粋な乙女であったのかもしれないと結論付けた。最後に『アーサー王物語』が時代と共に大きく物語が変遷していった理由としては、『アーサー王物語』には絶対的な一つの物語が無かったからであり、また初期の作品からケルト的要素やキリスト教的要素が入り混じった物語であったことから、多様性を受け入れる基盤が出来ていたからではないだろうかと結論付けた。