銭ゼミ

笑いは国境を越えるのか
-中国でのアニメ受容と文化ギャップ-

木村七菜

 本研究は日本のアニメが中国でどのように受け入れられているのかを特に“笑い(ユーモア) ”の理解と伝達のされ方に焦点を当てて分析することを目的とする。日本のアニメにおける笑いは言語表現、文化固有の価値観、日常生活の習慣、社会的背景など多様な要素によって成立しており、それらの一部は日本国内で共有されている前提を必要とする場合が多い。一方で中国における日本アニメの人気は年々高まりつつある。特に若年層の間で視聴習慣として定着していることから、日本で作られた笑いが異文化環境でどのように理解されているのかを考察することは意義があると考えられる。具体的には言語表現や文化的背景に加え、中国の若者世代が持つ価値観やオンラインコミュニティの特徴などが笑いの受け止め方にどのように関わっているのかを検討することとする。ギャグ表現や日本特有の価値観に基づく描写については、受け手側が文化的な隔たりを感じる場が生じる可能性があり、その点に着目する必要がある。ギャグアニメには普遍的に理解されやすい視覚的な笑いももちろん存在しているが、それだけでなく文化や言語的背景を共有していないと理解しにくいパロディやシュールな表現などが数多く含まれる。これらの笑いは前提知識や空気感を必要とし、テンポやリズムによって成立するため、1つでも解釈差が生じると笑いが伝わりにくくなるという繊細さも併せ持つ。
 本研究では中国大手の配信プラットフォームである bilibili を調査対象としたコメント研究とHelloTalkを利用したアンケートを実施した。bilibiliのコメント分析対象作品として『銀魂」『斉木楠雄の平難』の2作品を選定し、中国で非常に人気のある『銀魂」を中心に分析していく。これらは言葉遊び、文化的背景やシュール展開、視覚的ギャグなど異なる種類の笑いを多く含んでおり、どの種類の笑いが文化の壁を超えて共有されやすいのかを検証することが可能である。また日本語と中国語では言語構造や文法の単位が異なるため翻訳の段階でリズムやニュアンスが変化し、笑いの伝わり方に影響が生じ得ることも考慮しながら分析を進める。加えて中国人ユーザーも多く利用する語学学習アプリであるHello Talk を用いて、実際に中国の視聴者の方にアンケート調査を実施した。この調査により文化理解のズレをより明確に把握し、中国の視聴者が日本文化をどのように捉えているのかをより立体的に把握できるようになる。
 以上の研究の結果明らかになったのは次の点である。中国語話者は総じて日本のギャグアニメを高く受容しており、ギャグやキャラクター同士のやり取りなどの視覚的要素が主な笑いの要因となっていた。また日本特有のパロディや文化的背景に基づくネタは一部で理解が難しいとされるものの、その多くは字幕や前後の視覚情報によって補完されていた。さらに理解できない箇所に直面した際には自ら調べて補完するという能動的な視聴行動が多く確認され、中国の学習文化が受容の柔軟性に影響している可能性が示された。特に重要であった点は理解度と好感度が必ずしも比例しないという点である。一部のネタが理解できなくても視聴者の評価や楽しさはほとんど低下しておらず、視聴意欲の妨げにならないという中国視聴者の受容の柔軟さの結果が明らかになった。
 本研究で得られた知見は日本アニメの国際的受容をめぐる議論に対し、文化差、言語差を越えた受容の条件を具体的に示す点で大変意義があると考えている。また日本アニメの受容を通じて浮かび上がる笑いの理解の差異は、単なる笑いの受容の傾向を示すにとどまらず、国際的な文化交流の在り方や若者文化の変容を考察する上でも大変重要な意味を持つ。グローバル化によってコンテンツが国境を越えて移動する現代において作品をどのように受け取るのかという問題は各地域の文化的前提を反映する指標ともなる。