本稿はグスタフ・クリムトの制作したウィーン大学講堂の天井画について論じるものである。クリムトによる1900年代の《哲学》、《医学》、《法学》の三点は〈学科絵〉と呼ばれる。これは本来、ウィーン大学講堂の天井画として制作されたものである。先行研究では制作過程やスキャンダルについて多く言及されているが、それに対するクリムトの反応について論じたものは少ない。よって本稿では〈学科絵〉を切り口として、クリムトが〈学科絵〉スキャンダルとどのように闘ったのか解明することを目指した。
第一章では第二章以降の前提とするべく、〈学科絵〉の制作経緯とスキャンダルについて整理し、各作品に描かれたモチーフを分析した。中世からの定型に基づいた伝統的な寓意画の在り方と合致しない〈学科絵〉の非伝統的な寓意表現や卑猥なモチーフが要因となり、スキャンダルへと発展した点を指摘した。
第二章では、〈学科絵〉の寓意画としての側面に着目した。その結果、《哲学》や《医学》では裸体像の連鎖による人生の諸段階を、《法学》では正義の女神ではなく断罪される男性を主軸にしたことが特異であるとわかった。こうした方法によって、クリムトは新たな主題やモチーフを利用してテーマを再解釈し、寓意画の伝統から脱却したのである。また同時期の《ベートーヴェン・フリーズ》において比喩的表現が多くみられることも踏まえ、クリムトが芸術性を表現するにあたり寓意や比喩を重視したことも指摘した。
第三章では〈学科絵〉の空間表現に焦点を当てた。〈学科絵〉にみられる非伝統的な絵画空間は、現実空間との整合性を消失させている。特に《法学》では金の色面を利用した平面性の強調やリアリズムからの脱却により、現実空間との不整合が強調されたことを指摘した。また、《ベートーヴェン・フリーズ》がテキスタイル等の平面的デザインから影響を受けている点にも着目した。《ベートーヴェン・フリーズ》と同様に《法学》でも平面性の高さがみられることから、《哲学》、《医学》と調和がとれず連作としての機能を消失していることを明らかにした。この分析により、クリムトが〈学科絵〉制作時には既に伝統的空間表現からの脱却を試みていたことを明らかにした。
以上の考察に基づき、クリムトは革新性を有する表現を切り拓くことで、スキャンダルに屈しない姿勢を示したのだと結論付けた。クリムトは〈学科絵〉を制作するにあたり、新たな主題やモチーフを使用してテーマを再解釈し、さらに現実空間との整合性を排除したのである。こうして完成した〈学科絵〉は、大学側の求める天井画の定型から外れた作品であった。よって、クリムトは自らの表現を貫くことで大学や世間からの批判に屈しない姿勢を表現し、スキャンダルと闘ったのだと考えた。