佐藤円ゼミ

部落差別の維持構造-加害者側に着目して

石橋美月

 本稿は、現代にみられる部落差別の加害構造がどのように生まれ、どのような仕組みで続いているのかを、歴史と言語と心理の3つの視点から整理し、明らかにすることを目的とした。特に近年は、SNSを中心に、悪意があるかどうかに関わらず、差別的な言葉が拡散し、気づかないうちに差別を再生産してしまう環境が形成されている。しかし、こうした差別は突然発生したものではなく、歴史的背景、差別を支える言葉、そして差別をする側の心理が重なり合って形成されており、本稿は、以下の3つの章を通してその全体像を書き出すことを目指した。
 まず第1章では、日本社会のなかで部落差別がどのように形成されたのかをたどり、「差別する側」が生まれた過程を説明した。その上で中世の宗教観や死や穢れに基づく差別意識を整理し、江戸時代の身分制度の固定化によって、特定の集団が社会の周縁へと追いやられていった過程を整理した。また、明治以降に法的な解放がおこなわれても、社会の意識に変化が見受けられなかったこと、「差別する側」「される側」という関係が再構築されていったことを検討し、戦後における差別の形態の変化や、差別が歴史のなかで形を変えながら連続してきた実態を論じた。
 次に第2章では、差別を支える言葉と意識の仕組みについて検討した。差別語がどのような役割を持ち、認知にどう影響するのか、また言葉の使用によってどのように差別意識を再生産してしまうのか、その流れを説明した。さらに、差別語が隠語・スラング化することで、表面上は悪意のないように見えても、差別を維持する働きを持つことを考察した。加えて本章では、直接的な言葉を使う「差別する側」にも焦点を当て、劣等感から逃避したい、自尊心を守りたい、集団内で承認を得たいという欲求が、差別的言動を支えていることを論じた。さらに本章では、周囲で加害者の投稿を見ている第三者も、明確な悪意がなくても「自分は関係ない」と距離を置いたり、波風を立てたくないという理由から沈黙したりすることで、加害に加担していることを示した。
 最後に第3章では、現代社会の特にインターネット空間における加害構造を考察した。ハガキや投書でおこなわれた匿名の差別行為がSNSへと場所を移行したことで、拡散の速さや匿名性の高さが増すことによって、差別がより身近で日常的なものになってきている点を整理した。本章では第2章で述べた心理的構造を踏まえ、これらの心理が現代社会でどのように作用し、加害が再生産されるのかを検討した。そしてそれが差別の再生産にも繋がる構造を論じた。
 以上の作業を通して歴史に由来する観念であった部落差別が現代の言語や人々の心理、インターネット文化を媒介にして、今なお更新され続けていることが明らかとなった。それゆえ差別の解消には、被差別者理解の促進だけではなく、言葉の使われ方や無自覚加害の仕組み、その背後にある社会的構造を可視化する視点も不可欠であることがわかった。