学部案内

メッセージ

学部長のことば

 一昨年以来の新型コロナウイルス感染症の拡大によって、大学では多くの授業が対面で行えなくなるなど厳しい状況に追い込まれましたが、一般社会でも感染予防のために人びとの行動が大きく制限され、さまざまな場面で深刻な影響が出ました。またそのような状況がいつ終わるのか先が見通せないなかで、みなさんも閉塞感を感じてきたのではないでしょうか。しかしこのような時だからこそ、今まで見えなかった私たちの社会が抱える問題が改めて認識されるようになったことも事実です。  今回の出来事から私が特に感じたことは、感染症は人を差別しないということです。感染症の流行は中国で始まったため、当初日本では不安にかられた人々によって中国人を忌避する行動が目につくようになりました。しかしどんなに避けても、このグローバル化の時代に感染の拡大は止められず、しだいに日本人の感染者が増えていきました。すると今度は欧米で日本人を含めたアジア人に対する排斥が始まりました。それでも感染の拡大は止まらず、欧米でも感染者が増えていき、ついには世界中に流行が広まっていきました。結局のところ、いくら「人種や民族が違う」などと言っていても、同じ人間である以上、感染のリスクからは逃れられないのです。期せずして新型コロナウイルスは、人種差別や民族差別の無意味さと、私たちの人間としての同質性を示すこととなりました。  しかし、そのように同じ人間として感染症に協力して闘わなければならない状況にあるにもかかわらず、残念ながらウクライナではロシア軍の侵攻によって戦争が始まってしまいました。差別や排斥どころか、他者を敵と見なし、その命を奪おうとして激しい戦闘が続いています。みなさんも一般市民が暮らす土地が戦場となるとどれほど悲惨なことが起こるのか、ニュースやSNSを通して連日それを目の当たりにしていることと思います。そして人間が愚かな戦争を繰り返し、また不幸をつくりだしていることに、やりきれない気持ちになっているのではないでしょうか。この現在の状況によっても私たちは、普段は目を背けている問題、つまり人間とはこれほどまでに他者に対して不寛容になれるのだという深刻な問題と向き合わざるを得なくなっています。  このような厳しい現実を前にして、私たちにはいったい何ができるのでしょう。私は、どのようなつらい状況であっても、それから目をそらさずに自らの思考力を鍛えることが、今まさに一人一人の人間には求められていると思います。それではあまりに迂遠で、問題の解決にすぐに役立たないと言われるもしれませんが、理性的な思考ができる市民が一人でもこの世界に増えない限り、現実を変えていくことはできません。そしてそのみなさんの思考力を鍛える場が大学にはあります。  比較文化学部では、いかにしてこの世界で異なる文化をもつ多様な人々が平和的に共存していくことが可能かを考える機会にあふれています。言うまでもなく、他者との共存を模索する上で異文化を学ぶことは重要ですが、比較文化学部ではそれに留まらず、自己の文化をも見つめ直し、それと他者の文化を比較しながら、他者理解だけではなく自己理解を深めることを重視しています。そこが他大学の「国際系学部」との相違点です。  みなさんは自分自身のことをどれほど分かっていますか。あるいはそもそも自分とは何者ですか。人間は自己を説明する際に、自覚があるなしにかかわらず、自己とは異なる他者との違いを念頭に置きながら自己の特性を他者との比較によって語るものです。結局のところ、自己はそれのみで存在しておらず、他者との相違、もしくはそれによる他者との関係によって成り立っているのです。みなさんも比較文化学部の学びを通してそれが分かるようになると思います。しかしその一方で、一見すると自己とは全く違うように見える他者も、よく観察してみると、実は自己とあまり違わないばかりか、ほとんど同じだということもよくあります。それも比較という営みが教えてくれる真実です。このように、他者理解や自己理解を深めていくと、いかに私たちが文化の違いを越えて他者と同じ問題を共有しているのかということにも気がつくようになります。  これからの社会を担うみなさんには、現在の厳しい状況のなかにあっても、ぜひ比較文化という手法を用いて他者理解のみならず自己理解を深め、人間としての同質性に信頼を置きながら、他者と共に生きていく社会をつくりだしていってもらいたいと願っています。  たくさんの魅力的な授業とともに、大学でみなさんの入学を待っています。

2022年4月1日
比較文化学部長 佐藤 円

学科長のことば

 「文化」とは何か? という問いには、一つの答えがあるわけではありません。文学・音楽・絵画・映像などの芸術表現を思い浮かべる方もいれば、「文化とは、社会的な行動の総体」と言う方もいます。生産活動、家族構造などの社会・政治体制などのすべてが「文化」に含まれ、「文化とは、私たち人間が自分自身について語る物語の集積」ということになりますと、私たちを取り巻くすべて、私たちが日々生み出しているすべてが「文化」ということになるでしょう。  さらに、「文化」をどのようにとらえ、現代を生きる私たちが未来をどのように築いていったらよいか、ということを考えるために、分析・研究の方法は歴史的に大きな転回をとげてきました。「文化を研究する」こと、それは、階級・人種・植民地主義・性・環境など、かつては取り上げられることがなかったことを重要な問題として浮上させました。また、それらの問題をグローバル化した世界の複雑なネットワークの中で考えることをうながしたのです。コロナ・ウィルスの蔓延やロシアによるウクライナへの侵攻が私たちの生活に直結している現在、衣食住に関わる身の回りのすべてのもの、私たちが無意識に抱いている価値観が世界のネットワークの中で構成されていることを実感せざるを得ないでしょう。  比較文化学部は、「文化」を比較すること、すなわち、世界のネットワークのさまざまな事象を取り上げ、照らし合わせ、その類似と差異の中から問題を見出し、未来を展望する学部です。「文化」を学ぶことは、やがて、直面する問題を自分で分析・解決する力を獲得することにつながるでしょう。世界を理解することが、自分とは何かを客観的に見直し、自分の未来を築いていくことつながるということを、私たちとともに実践的に学びましょう。

2022年4月1日
比較文化学科長 安藤 恭子